https://www.youtube.com/live/8lWA8DICeOQ?si=TTQR-yqINWWxcVn9
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このブログの中でも何度か触れていますが、個人的にもこの学校建設については疑問が残っているところがありました。
それを教育長含め教育委員会の皆様に事前にお伝えしたり、直接町の声を聞いていただいたりと動いて来ました。
一般質問でも義務教育学校について触れさせていただき、これまでの疑問をほぼ全て網羅する形でお答えいただきました。
(宜しければ、この前の投稿にURLがある6/4の本会議中継と、私の一般質問徹底解説をご覧ください!)
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ただ難しいところの一つは、この議会本会議内の"一般質問"というのは、議会の総意ではなく、堀あんなという議員個人の質問であり、それに対応していただいたご答弁だということです。
昨日の全協は、その難しさを感じる時間となりました。
一般質問のご答弁の中では、教育長より「具体的な費用についてできる限り早く議会にお示しします」というご答弁をいただきました。
その後さらに私から付け加えて「このようなものを見たい」と担当課に伝えていた数字を、昨日はほぼ全て開示いただいたと思っています。
忙しい日々の業務の中で、私としては本当に驚くようなスピードで出していただけました。
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2個目の難しさは、「必ずしもこれが議員全員がいま求めている情報ではない」ということです。
これまでに考えてきたことも、それぞれの学校建設や議会運営に対する考えも、知識や経験も個々の議員で全く違います。
その結果、必要な情報にも幅が生まれます。
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私は昨年から議会に入り、私にできることを(自分としてはですが…)フルスピードで走ってきました。
これまでに向き合っている主な議案や課題としては以下の通りだと思います。
* 公共交通の今と今後
* 子育ての穴の補完
* 防災行政無線の仕様
* 庁舎機能移転と庁舎の全体像
* 水道料金の値上げの内容と是非
* ゴミ捨て場の検討や景観維持
* 商品券の発行と金額
* 指定管理者制度の運用状況や今後
* 義務教育学校建設と小中学生の引越し
* 百条委員会の委員
* 主権者教育や議会・議員活動の拡充と充足
* 陳情・請願の取り扱い
など。
このような案件の全てにおいて「私という議員個人の考え」と「議会の考え」があります。
まだまだ終わらないものも多々ありますが、かなり…これは正直なところ、かなり向き合いが難しいです。
今のところ、まだその「違い」にしっかり対応できているとは言えません。
議会としては十二分に私個人のの意見も汲んでくださっていると思えているからこそ、とても歯痒いところです。
でもやはり、今一度、今日お伝えしたいことがあります。
「私は対話を諦めない」ということです。
それぞれの思い、それぞれの努力、労力。そして財力(行財政という意味です)
全てと向き合って、個々人の想いを信じて、これからも進んで行きます。
私にはそれしかないからです。
今も町のポテンシャルは疑う事なく信じています。
真鶴町は本当にいい町です。 その町を動かしている皆さんの力を信じること、人間そのものを信じること。
そして時に、しっかり頼り、専門分野をパスすること。
私というごくごく普通の人間(そしてたまたま政治の世界に入れていただいた人間)にできることは、多分、本当に「信じること」くらいだからです。
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せっかくの機会なので、私の頭の中の基本構造を書いてみます。
① 本当にその課題認識は正しいのか
まず事実を確認したいと思っています。
思い込みから始まったものの修正はとても難しいからです。 (①がそもそも難儀なんですが…)
人は感情の生き物だという事を理解しているからこそ、思いや空気で判断が鈍らないように、ルールやデータと照らし合わせる事を心がけています。
② 解決策はそれしかないのか
見えた課題が「事実」だと仮定して、より良いステップアップ案、もしくは代替案を探します。
聞いたり調べたりして比較し、真鶴町でも運用可能か、もしくは真鶴町ならではの新しい方法がないかを考えます。
この闘いが永久に続くため、睡眠時間と自由時間が消え去ります。苦笑
「100回の失敗は1回の成功のためにある!すぐ完璧を求めない!」…と思ってはいます。
個人の課題ならそれで良いのですが、町の施策となるとPoint of no return(決して戻れないある地点)が存在しますし、ここの認識はズレやすい。
だからこそ、考え続けます。
③ 財源や人的資源は持続可能か
将来世代へのツケにならないのか?
町を守ってきた老齢者の今に負担を押し付けないか?
全体最適ではなく、個別最適の見方ではないのか?
絶対に'政活(政治活動)'が'生活'を圧迫することがあってはいけません。
誰かが笑うとき、誰かが泣く…それが資本主義社会の摂理だとしても、やはり私は全体最適を目指すことを諦めたくありません。
特に政治家の自己満足や政治アピールが、市民生活を揺るがすことは絶対あってはならないと思っています。
④ 合意形成は十分か
わかりやすく、 町民はどの程度知っているか、その意見は町まで届いたのか?
議会は説明を受けているか?その意見は行政まで届いたのか?
同時に、穿った目で執行部を見ていないか?
行政の説明を何処まで彩度高く理解できているか?
私の眼は曇っていないか?
多分ずっと、自分自身に問い続けていくことです。
⑤ 最後は誰が責任を負うのか
「判断」には、「行動」が伴い、行動には「結果」が伴います。
この3つを行ったり来たり。 時にほぼ同時にこの3つをこなすのが仕事であり人生だと思います。
この「結果」を誰かや何かのせいにした途端、話はどうにもまとまらなくなります。
町政だけのお話ではないですね。
結局その責任は何処にあり、誰が負うのか。
私の判断、私の行動、私が産んだ結果の責任は当然ながら私です。
経営者としての自分も、いつもそこに軸を置いてきましたし、この軸からは今後も絶対にブレたくありません。
誰かや何かがそこから外れそうな案件は、しっかり注視します。
これは悪い事だけではなくて、勿論良い事も。
その素晴らしい結果を生んだ人や施策を、絶対に見逃したくありません。
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多分ですが、私は「〇〇は大切にされなければならない」というような理念を掲げる"イデオロギー先行型”の政治人ではないのだと思います。
普通のママの、議会内での挑戦は続く。
何者でもないからこそできることもあると信じて、これからも町政に向き合って行きます。
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