【町を離れて、町を考えた3日間 - 家族で佐渡の旅】2026/6/26-29記録

週末、父の還暦祝いを兼ねて、家族で佐渡へ行ってきました。


 本当のお祝いは3月だったのですが、臨時会議や委員会などの兼ね合いで何度か延期になり、今回の訪問となりました。 

 とはいえ、実は出発前から少し落ち着かない気持ちでもあり、「また断念かな…」と何度か悩みました。


 滞在中、真鶴町にはダブル台風接近の可能性もあり、夜間に主人と私の携帯のアラームが鳴り響いたことで、すぐにやや大きめの地震(震度4)が来た事も確認できました。


様々な方に連絡を入れたり、反対に連絡をいただいたりと、随時現場の情報をいただきつつでしたが、幸い、町内では大きな被害はなかったようで何よりです。


 離れていても、やはり町のことは気になります。


議員になってから、「完全にオフ」という感覚は、ほとんどなくなった気がします。

それが良いことなのか、少し考えることもありますが、一方で、町を離れたからこそ見えるものもあるのだと、今回改めて感じました。


 今回の佐渡行きには、もう一つ大きな楽しみがありました。

 町議員に手を挙げる前に通っていた超党派の政治塾でお会いした室岡啓史(室岡ひろし)佐渡市議会議員と再会できたことです。


 お忙しい中、また6月定例会会期中に仕事後に駆けつけてくださり、様々なお話を聞かせていただきました。


 父の還暦祝いの旅のはずが、気づけば私は町の景観、集落構造、観光導線、交通、人口規模などを見ていました。 

職業病…というか、一人視察の様相ですね(苦笑)。



 初めて訪れた佐渡で、最も驚いたのは、何より島の大きさでした。

日本地図で大きく描かれているのだから当然なのですが、実際に行ってみると、私にとっては想像を超えた、まるで大陸のような島でした。


 そして、どこへ行っても感じたのは、海と共にある暮らしです。


 佐渡市(佐渡島全島)は、旧:両津市と9町村が平成の大合併の流れで合併してできた自治体です。

東京都の1.5倍とも言われる広い島。 

全盛期には12万5千人が暮らしていたそうで、現在は46000人ほどだそうです。


 政治では、それぞれの集落の文化と向き合いながら、離島という制約の中で「どう持続可能に縮むか」と向き合ってきた歴史を感じました。


 実際に海沿いの集落ごとに文化や景観に個性があり、それぞれに長い歴史があると感じました。 島内全域に現存する鎧張り家屋の多さにも驚きました。 

(あの特徴的な木の張り方は何?と言ったら、大工の主人が「’よろいばり’って言うんだよ」と教えてくれました)


 特に印象的だったのは、お寺さんの一角ではなく、それぞれの土地で当たり前に海を向いて建てられた数個のお墓でした。 


自家用車を乗り入れての旅の中で、島内の海沿いをほぼ一周できましまたが、そのような場所が無数に存在していました。

「生きた場所に、そのまま還っていく」 そんな文化のあり方に、深く心を動かされました。


 私たちの真鶴町には、「美の基準」という景観ルールがあります。 これは、単なる建築規制ではなく、町の景観や暮らしの美意識を守るためのデザインコードです。

合併の流れの中でも、町としての個性を守る一助になってきました。


 ただ、今回佐渡を見て、改めて考えたことがあります。

「守る」とは、何を守ることなのか。 

建物そのものなのか。景観なのか。文化なのか。

それとも、そこで育まれてきた ’当たり前’ なのか。

そしてそれは、エリア分けできるようなものなのか?


 きっと、その全部が重要な視点であり、だからこそ、守るべきものと、時代に合わせて変えていくべきものを見極める視点も必要です。


 これは、学校建設や公共施設のあり方、公共交通など、今真鶴町が直面している課題そのものでもあります。


 全盛期の真鶴町の町民は約2万人でした。 

現在は、国勢調査ベースで6,000人を切っています。

先程もお伝えしたように、佐渡市の現在の人口は4万人台。 

実は佐渡島と真鶴町の全盛期からの人口減少率は近いものがあります。 

(佐渡は63%減、真鶴は70%減)


 特に佐渡市の場合は、あれだけ広い島をその人口で支える難しさは、想像以上だと思います。


 一方で、観光客には若い世代や、小さなお子さん連れのご家族が多く、とても印象的でした。 

(実際に我が子も島育ちのけぇさんというYouTuberが好きで、念願の佐渡ヶ島でした!)


 観光が、単なる一時的な消費ではなく、地域に新しい人の流れを生み、未来への接点になっていることを肌で感じました。


 2日目のランチで訪れた佐渡島の中心部(島のくびれ部)に近い海沿いのカフェ「海小屋」さんも、青森と神奈川から移住された御夫婦が立ち上げたお店とのことでした。


 真鶴町にも、海があり、山があり、歴史があり、文化があります。

そして佐渡ヶ島と同じく、マックもスタバもありません。(笑)


 これは、真鶴町の揺るぎない価値だと、私は感じています。


 ただ、それらのチェーン店がある自治体と地続きであることや、都内や関西方面へ出る場合にもアクセスが良いこと、陸続きで輸送・運搬コストや往来の規制がほとんどないことは、大きなアピールポイントです。


この「地の利」を活かし切れる政策が必要です。

地続きであるがゆえに、近隣との差別化が難しく、観光の打ち出し方には工夫が必要なこともまた事実だからです。


 現在の真鶴町町政においては、これまでの取組みに上乗せできる明るい光も差し込んでいる状況であると感じています。



 佐渡で学んだことはたくさんありますが、特に心に残ったのは、

「地域ごとの個性を、どれだけ言語化し、守り、未来へ繋げられるか」 という視点でした。


 町を離れていた3日間。

でも、結果として、いつも以上に町のことを考えていた気がします。

「ここは真鶴町にも活かせるな」「ここは真鶴町だったらこうするな」といった具合に。


 父の還暦祝いという大切な時間を家族で過ごしながら、同時に、自分がなぜ議員として活動しているのかも、少し見つめ直せた気がします。

町の未来を考えること自体が、私の大きな喜びになっていることにも気付けた、良い週末でした。


 佐渡での出会いと学びに、心から感謝です! 


そして昨晩、真鶴町へ戻りました。 

また今日からお仕事頑張ります! 



↓以下は、その他の旅の記録のお写真です!

(この旅唯一の家族全員の写真。「写真撮ってもらえますか?」と言うのが意外とシャイで苦手な私にとっては、ちゃんとカメラ置きがあることはとってもありがたいです。苦笑)


(佐渡島の最北端、二ツ亀と大野亀。豊かな自然と透明度の高い海。本当に美しい自然の連続でした。)

(北沢浮遊選鉱場跡。ラピュタのような世界観で、慣れないペアルックの私と主人。苦笑)

(本来の目的の父の還暦祝い。ディナー後のケーキはみんなでいただきました。「え?還暦!?」とよく言われます。私が小学校6年生の時に父となってくれた義父だからです。あれからもう30年。言葉で表しきれない感謝が沢山。旅行のプレゼントは夢でもありました。あとは、還暦祝いTシャツとお祝いのお箸がギフトです。)

(主人と息子の船上の時間。私にとっては彼らがキャッキャ言いながら楽しそうに過ごしているのを見ることが一番の幸せ時間です!)



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