夏休みの空気の中、「できることをできるだけ!」の精神で働く日々です。
同僚議員の方とお話ししたり、事務局の方々や執行部の方々とお話ししたり、他自治体の役場に伺い、さまざまなお話を伺ったり。
これだけの経験をさせていただけるのも、議員という職をいただけたから。
いつも支えてくださっている町の皆さまに感謝の日々です。
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[町民センター再開について]
一時閉館していた町民センターは再開していますが、空調の不調は続いているようです。
私自身も今週は町民センターに伺う機会があり、空調の現状を肌で感じることができました。
9月定例議会の一般質問でも通告を出させていただいた全児童対策事業については、今しばらく情報センター1階の住民サポートコーナー(1階奥のスペース)で行われる予定となっています。
担当のこども課は10月までは予約をしているそうなので、秋口までは情報センターでの開催になるかもしれません。
町民センターを貸し館として利用される皆さまも、十分にご自身の体の声に耳を傾けながら、水分補給を忘れずにお過ごしください!
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[後援会が発足しました]
8月14日には県庁の選挙管理委員会に伺いました。政治団体の設立届を受理していただくためです。
実際の後援会設立日は令和八年八月八日。
末広がりの日!ということで、この日を選びました。
政治団体の届出には、設立から7日以内という決まりがあるため、ギリギリでの提出になってしまいました。
「私のようなものに後援会なんて…」という思いはいまだ消えませんが、この「一町民の感覚」をいつまでも忘れずに、皆さんと同じ目線で対話を続ける議員でいたいなぁと思っています。
私の後援会の理念は、多分、ほんの少し一般的な後援会とは異なります。
一般的に後援会というと、どうしても選挙のための組織、支援者団体、という印象が強いのではないでしょうか?
その意味が全くないとは言いませんが、多分「後援会」という響きだけで、ちょっと後ずさりしてしまうような感覚の方もいらっしゃるのではないかな?と感じています。
(政治の闇というか…怖さというか…。かくいう私自身がそう感じてきたので。苦笑)
実際に、この後援会は選挙のために立ち上げられた組織ではありません。
「あんなちゃんも後援会作ったら?」とお声がけいただいたところから数ヶ月。
皆さんから伺った声を統合して、後援会規約もできあがりました。
私の後援会は、今後も対話の場として開かれたものでありたいと思っています。
町で暮らし、仕事をする、私を含めた普通の町民皆で、町の未来を一緒に考える場。
私だけでなく、参加してくださる皆さんも「できることをできるだけ」、それぞれの良さを活かして、苦手なところはカバーしあいながら進んでいけると嬉しいなぁと感じています。
[境界線を引く、ということ]
ちなみに、横浜には家族も一緒に車で行ってくれました。
道中、運転手をしてくれた主人と最近の出来事について話している中で、
「どうして杏奈はひどいことや間違ったことを言われても、いつも怒らないの?」と言われました。
(確かにここ最近は本当にいろいろなことが重なり、この20年分くらいの何かを精算しているのかな?と感じる時はあります。苦笑)
実際には、怒っていない訳ではありません。
ただ、私の中心には、「自分に起きたことの原因は全て自分の中にある」という考え方があり、それを捨てることができません。
また、今後も捨てるつもりはありません。
もちろん、誰かの行動の責任まで、自分にあるという意味ではありません。
必要以上に過去の自分を振り返ったり、今の自分を苦しめることもある考え方なのかもしれませんが、
「人を責めても何も解決しない」
「自分の何かを正すことで回避できるのであれば、その手段を身につけたい」
という思いが強いです。
公人となって以降、私の発言は私だけのものではないということを感じることが多いな、とも思います。
一つの発言が町を動かすこともあり得ますし、それによって誰かの気持ちを踏みにじったり、蔑ろにしてしまうことがあるかもしれない…。
以前も書いた「ブンブン手を振り回しても他人に当たらない範囲が、その人の『自由』の範囲だ」という20年ほど前からの考えに通じるのだと思いますが、
「私自身がそうであるように、相手には相手の人生があり、その人から見えている景色がある」
と思っています。
正直なところ、「その手、私に当たってますよ!」と思ったことは、一度や二度ではありません。
でもこれも、私自身にも言えることだと思うんです。
だからこそ、その範囲を見極めながら生きる。
そして、他に影響があったとしても、どうしても必要だと判断したら行動に移す。
どれだけ考えたことでも、残念ながら間違えることもあります。
それによって生じた結果の責任は、残らず全て、自分が負う。
これが基本姿勢です。
ただ、ここ最近のさまざまな方とのお話の中で、ほんの少し、自分の中の変化に気付きました。
どんな時も相手の立場に立ち、「確かにそんな風に考えることもありますよね」と受け入れることと、
自分の感じた痛みや問題を無視することとは違う、ということです。
明らかな誤りや思い違いには、はっきりと「それは間違いです」「私にはできません」とお伝えすることも、長い目で見たら優しさなのだと感じるようになりました。
誰かの間違いや感情まで、自分が背負う必要はないのだとも。
自分にできることと、できないことの境界線を引く、という訓練なのかもしれないと感じています。
そのため、この1ヶ月ほどは、自分の輪郭を自分自身が把握していく、とても大切な時間になっています。
(追記:この文章をブログに上げようと思ったら、田中角栄さんの言葉として紹介されている動画がフィードに上がってきて、びっくりしました。
そう、まさにそんなことを考えていたんだよ、という時に。
FBでもこの直前に共有しましたが、こちらにも載せます。
ただ、根拠となる確かな文献が見つからなかったため、ご本人が実際に話された言葉なのかどうかは確認できていません。その点を踏まえてご覧いただければと思います↓
https://www.facebook.com/share/v/1E9SJrwyjt/?mibextid=wwXIfr)
時に痛みを伴っても、そんな毎日をいただいていることや、きっかけをくださっている方々に、やはり感謝せずにはいられません。
(そして私以上に、伝えてくださる相手が痛い思いをされている可能性があることも、やはり忘れたくはありません。)
皆さんもご存知の通り(どうでしょう…知ってくださってるといいですが。苦笑)、
私は、町の課題に対して「これが唯一の正解です」という形で、明確な政策を掲げることはあまりしていません。
私は議決権がある10人の中の一人ですし、ほとんどの町の課題解決方法は、私一人で決められる・成し遂げられるものではないという感覚です。
ただ目の前の課題に私なりに全力で向き合い、うんうん唸りながら進んでいます。
選挙時に伝えた「当たり前のことを当たり前にやる」「とことん聞きます、みんなの声」「いいものはいい、ダメなものはダメ」という標語を、今も忠実に守りたいと思っている。
…だから、自分自身との対話も忘れちゃいけない。
そんなこんなで、諸々考えながら話していたら、お盆休みによる混雑で2時間あまりかかった横浜までの道中は、あっという間に過ぎ去りました。
県庁の選挙管理委員会の職員の方々も、不慣れな私に非常に丁寧に接してくださり、書類の不備もなく(よかった!)、あっけないほど一瞬で届出は終わりました。
届出の書類を3人の方でトリプルチェックしているのを拝見して、これは凄いなぁと思ったり。
(真鶴町の職員さんに同じ体制を求めることは、現状では難しいと思っています。既に多くの業務を抱えて過ぎていると感じているからです。)
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[終戦の日]
81年前の8月6日に広島、9日に長崎へ原爆が投下され、そして昨日8月15日、終戦から81年を迎えました。
我々は本当に豊かなのだろうか?と問うこと自体は必要だと思うものの、その時代を生き、亡くなっていった方々への思いは、毎年大切にしなければならないと思います。
物心ついて以降、この3日間の黙祷を欠かしたこともありません。
上記の通り、町の課題に対して「これが唯一の正解です」という形で話すことはあまりしませんが、絶対に譲れないものはあります。
それが「戦争反対」「非核」です。
本当に、あれほど多くの人命が失われなければならなかったのか?
毎年お盆休みに、さまざまな参考文献や記録動画を見ながら考えることです。
先の大戦だけでなく、今現在も世界中で紛争が続いています。
より長期化する紛争について、考えさせられる話も耳にします。
私に何ができるのかは、正直なところ全くわかりません。
でも、ただ、当たり前のように享受している全てに感謝し、身近な誰かを思い、大切にしながら日々を過ごすことしかないようにも思います。
また、戦争だけでなく、日本だけでもなく、さまざまな災害のニュースに日々触れるとき、私たちが「生きる」ということの意味を考え続けることが大切なのだとも思います。
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手元の仕事に目を移すと、このお盆が明けたら、本格的に9月議会へ向けての動きが活発化します。
今日中にやらなければいけない仕事がてんこ盛りです!
私は私にできることを、できるだけ。
今日も明日も、ひたすらに前を見て進みます。
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