【前川喜平さんの講演・議会だより・個人機関紙について】2026/1/21-24記録

昨日は、前川喜平さんのお話を聞く会に参加させていただきました。 


 前川さんの講演は大変示唆に富んだもので、文部科学省や教育行政の成り立ちから現在に至るまでの変遷を、とても分かりやすく説明してくださいました。


 今回の講演は町内有志の皆さんによって企画されたものですが、その開催理由については、会に参加していて自然と伝わってくるものがありました。

私は、この場を共有していただいた参加者であるため、ここで趣旨を明言することは控えたいと思いますが、配布されたチラシを拝見した時から昨日の主催者の方の発言に至るまで、さまざまに考えさせられる講演会となりました。 


というのも、なぜか争点として語られている「首長の独断による教育長の任期付き採用の是非」

そのものが、そもそも最初から存在しない論点だからです。


 前川さんも、ご自身のこれまでの深い知見と専門的なお立場から、 

・教育長の任命権は首長にあること

・首長の任期中に必ず一度は教育長を任命でき、政策が反映されるよう、首長(4年)と教育長(3年)の任期が異なっていること

・教育長の任期は法的に3年と定められており、延長や任期付きという制度は存在しないこと

・教育長ご本人の意思による任期途中での辞職は可能であること

 などについて、参加者の疑問に対し、非常にフラットな立場で説明されていたと感じました。


 当然ながら、現教育長の前任期中に '次の教育長就任までの数か月間に教育長不在期間(空位)を生じさせないよう、失礼を承知の上で年度末までの継続をお願い'した議員有志も、これらのルールをすべて承知しています。

そのうえで、丁寧な話し合いが何度も重ねられ、教育長ご本人の辞任のご意向を拝聴したものと聞いています。


そのため、前川さんがおっしゃっていたように、これは

「自ら辞めるのか、あるいは約束を破り居座るのか」という、道義的な問題であるということです。 

講演の中で前川さんが何度か使われた、この「居座る」という表現は、首長や議員の立場からは決して口にできるものではありません。

議決を経ている以上、そのような言葉を使う権利もないと、私は考えています。


 ただ、法的根拠のない「お願い」であったとしても、その趣旨を理解し応えてくださったはずの教育長の、その日の「約束」とは何だったのだろうか?

なぜこのような健在的な問題として町の方が立ち上がることになってしまったのか…

という残念な思いは、要望を出した議員の一人として、正直なところ、拭いきれません。


また、子どもたちのため、そして年度末という現実的な教育行政の運営を見据え、空位を作らないよう何度も協議・調整を重ねてきた皆さんの気持ちを思うと、やりきれない思いになります。


役場、議会、教育委員会は、それぞれ執行機関が異なるからこそ、信頼と敬意のもとに成り立つべきものです。

しかし、その本来の立ち位置や意図とは異なる形で物事が動いている現実に、私自身も頭を悩ませていますし、多くの方が胸を痛めているのではないかと感じています。


 このような混乱は、本来であれば避けるべきものでした。

避けられなかった今となっては、法に則ったうえで、個々の「良心」に委ねていくほかないのだと思います。


 教育者とは何か。こどもまんなか社会とはどんな社会か。

今まさに真鶴町で教育を受けている子供たちや、これから受けようとする子供たち、そして親御さんの気持ちはどう汲み取られていくのか。

私たちが向き合わなければならないのは、むしろこちらの本質的な'芯'なのではないでしょうか。



 さて、議会だよりの最終稿の入稿と、私個人の機関紙の入稿も、ようやく終えることができました。 


 議会だよりについては、それぞれが掲げる正義や立場の違いもあるため、こちらもここで詳細を明言することは控えますが、今回の作成にはかなりの時間を要しました。

この数週間、何時間も役場に詰めていたのは、そのためです。


 編集を終えて強く感じたのは、

「誰のための議会だよりなのか」

「誰に届いているのか」という二点でした。


 一つ目について。

議会だよりは、議会全体から町民の皆さまへ向けた発行物であり、「文責のない文章」であることが求められます。

そのため、私が担当している部分についても、誰が書いても同じ根拠と結論になることを常に意識して書いています。

しかし、それが本当に正しい在り方なのか。

考え方としても、文章の作りとしても、議会(委員会)内ではさまざまな意見が出されました。

 

 これは他の事象でもよく見られることで、実際に昨日の講演会の実行委員には現職の町議員も名を連ねていますし、「正しさ」は人それぞれであるということ、そして言論の自由を保障する憲法の存在も思い浮かびます。

(もちろん、明らかな虚偽や、社会に重大な影響を与えるもの、個人の名誉を傷つけるものは別であるべきですが)


 だからこそ、個々の意見や思考は、個人の機関紙やこのようなブログ、活動報告会などで発信していくべきではないかと、私は考えています。

これはあくまで私個人の私見であり、議会全体の考えではありません。


 二つ目は、これほどの労力と時間をかけることが、本当に適切なのかという疑問です。


 実は、他市町では、議会だよりを議員自身が作成していないケースもあります。

真鶴町以外で議会だよりを議員が自作しているという話は今の所伺ったことはなく、事実として残っている記録を、第三者が中立的にまとめる。

そうした形が既に確立されている自治体も多いということです。


 どの方法が正しいのか、どの形であれば議会の報告がより町民の皆さんに届くのか。

「誰に届いているのか」「誰に届けたいのか」。

この点も、大きな課題として残っています。 


「議会だよりを一度も見たことがない」「そもそもどこにあるのか分からない」「見ても読もうと思ったことがない」

そうした声を聞くたびに、労力のかけ方について考えさせられます。


 同じ有限の時間を使うのであれば、私はもっと身近な、町の皆さんのリアルなお困りごとを解決するために使いたいと思っています。


 総じて、議会広報の方向性の共有と、仕事量の分散が喫緊の課題であると感じた議会だより作りでした。



 かなり踏み込んだ内容のブログとなってしまいましたが、私は常に町民のみなさんにとって誠実で、本当の事を伝え続ける議員で居続けたいと思って居ます。

この姿勢にご批判(やご心配)の声もあろうかとは思いますが、私にしか言えないこと、出来ない役割をきっちり果たしていくために、私は議会の中にいます。

覚悟は決まっていると感じています。



ということで、個人の機関紙については、最後にさらっと!


おかげさまで、今回も私らしい仕上がりになっていると思います。

1月臨時会を経て、最後に大きな修正をお願いすることになり、デザイナーのご夫婦にはかなりのご負担をおかけしてしまいました。


 大変申し訳なく思っていますが、それでもいつも通り快く変更に応じ、要望に応えてくださったことに、心から感謝しています。


 明後日の1月27日には、小田百前の事務所にも掲示し、持ち帰り用のものもご用意する予定です。

また、手渡しや新聞折込などでもお届けし、仕上がり次第、このブログにも掲載します。


どうぞ楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。 


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