昨日の投稿に、書こうか迷ったことがあります。
でも、今の私にとって大切なことなので、やはり書いておこうと思います。
今日は少し、議員としてよりも、一人の人間としての話が多めです。
長くなりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。
SNSやこのようばブログは自由な言論が許される場だと仮定していますが、一方でこんな格言があります。
「あなたの拳を振るう権利は、私の鼻の先で終わる」
自由には、他者の権利を侵害しない限界がある。
簡単に言えば、「自由とは、両手を振り回しても他人に当たらない範囲」という意味です。
約20年前、この言葉を初めて聞いた日から、私の倫理観の土台はここにあります。
たくさん間違えながら生きていますが、ブログへの投稿もまたこの考えに基づいてはいますので、この投稿が「私の自由」の範囲を超えていないことを願いながら書きます。
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まず、私には人に誇れるような経歴も資格もありません。
でも、ひとつだけ誇れるものがあります。
それは「人との縁」です。
11歳から父となってくれた義父を含め、温かい家族に恵まれて育ち、自分の選択を否定されることなく生きてこられたこと。
そして、出会ってきた方々が「杏奈は必要な存在だよ」と認めてくださったこと。
この環境は決して当たり前ではないと、十分すぎるほど大人になった私には理解できています。
私が時たま言われるように、もし「自己肯定感が高い」のだとしたら、それは自分の力ではなく、家族や出会ってくださった皆さまからいただいたものです。
今日の本題はここからです。
近年のご縁の話をします。
私に大きな転機を与えてくれたのは、主人と小林町長でした。
主人に対しては、私に息子を授けてくれたことを上回る感謝は、多分今後もないとは思いますが、
子育てをしながら生活していく中で、公共施設の中で新たなカフェを出すという夢を持ち、前進することを後押ししてくれたこと。
また、その過程で町議会の中継を見ながらあれこれ話していた私に、
「そんなに町に思うところがあるなら、杏奈がやればいいんじゃない?」 と言ってくれたこと。
もちろん、その時は「はは、何言ってるの!私ができるわけないよ!」で終わっていますが、
一番近くにいる家族が、私の可能性や方向性を信じてくれたことがとても嬉しかったです。
そしてそのお店の相談を重ねていたある時、急に議会の話になり、小林町長は
「堀さんのような人は向いてると思うんですよね」というようなことをおっしゃいました。
(もっと曖昧な表現だったかもしれません。あまりにも縁遠い世界の話が、急に自分ごととして出てきたことに驚きすぎて、詳細をあまり覚えていないのですが…)
しかし、その一言が、私にとってはとても大きなものでした。
「ずっと政治の世界にいて、首長までやられている方がそう言ってくださるのなら、もしかしたら議員もできるのかもしれない」
初めてそう思えたからです。
よく誤解されるのですが、「町長に担がれて出た」「町長の女だから受かった」などと言われることもあります。
(それが本人の耳に入り、家族まで傷つく未来も考えてくれたらなぁ……というのは、公人には望みが高すぎるのでしょうね…苦笑)
けれど、私が記憶する限り、小林町長からいただいたのはその一言だけです。
ですから、選挙に出たのは、私自身が「どうしても真鶴の未来を守りたい」と強く思ったから。
そして、家族の応援があったからです。
その一方で、政治のことを何も知らなかった私に、その後の多くのご縁をつなぎ、数えきれないほど助言し、力を貸してくださったのは小林町長であるということも、また紛れもない事実です。
だからこそ、百条委員会の委員として人生の恩人と対峙することは、委員会発足時に想像していた以上にずっと、苦しい現実でもあります。
小林町長には、政治家としてまだまだ進めてほしい施策がたくさんあります。
表に出ているものから見えにくいものまで、小林町長でなければ成し得なかったことも、すでにたくさんあると感じています。
ですから、正念場です。
私にとっても、町政にとっても。
私は一人の人間として感謝を忘れずにいたいし、今後も小林町長への感謝が消えることはありません。
でも、町民の皆さまの声を託された議員として、果たすべき責任とも真正面から向き合いたい。
進めてほしい政策、恩義、町民代表としての目線、説明責任、自分の信念。
全てを抱えながら、目を背けずに全力で働きますので、今しばらく堀の働きぶりを見守っていただけたら嬉しいなと思います。
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真鶴に引っ越してくるまで、私は、自分では「なかなか怒らないタイプ」だと思って生きてきました。
それでも、町政の現状に静かな怒りを感じ、議会に手を挙げました。
そして中に入った今、その怒りを生んだ原因と呼べるようなものが見えてきました。
同時に、もしどこかや誰かに怒りをぶつけても、問題は何も解決しないことも理解しました。
百条委員会のお話だけではありません。
「これが常識だろう」
「普通はこうするだろう」
「大人なら当然だろう」
そんな思い込みとすれ違いが積み重なり、対話が足りないまま大きな課題へ発展してしまっている。
それが真鶴町の町政の現状であると、私は感じています。
だから今必要なのは、誰が何派かを分類することではなく、ただただ心を砕き、過ぎた時間を取り戻すための’対話’です。
個人と向き合い、組織と向き合い、絡まった糸を少しずつ解いていくこと。
’対話’を、真鶴の風土にまで育てていけたらいいな…そんな大きな夢を描いています。
そのためにも、必要だと思うことを、必要な時に言う。
そんな議員でありたいと思っています。
ある時、「入ったばかりの堀さんに、こんな思いをさせてしまって申し訳ない」と言ってくれた同僚議員がいました。
今よりずっと辛い時期に、歯を食いしばって議員としての判断を積み重ねてきた先輩に、顔向けできない人間にはなりたくないと思いました。
人間は、最終的に、心で判断すると思っています。
それが人間の怖さでもあり、素晴らしさでもあることを、議員になってから前よりさらに感じることになりました。
だからこそ、自分の心は守ってあげなくちゃいけない。
その瞬間瞬間で、後々肯定できる判断ができるように。
自分可愛さに振り回した手が、他の誰かに当たらないように。
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正直に言えば、(百条委員会を終えた)月曜の夜の私はかなり疲弊していました。
「全編公開すべきだった」というようなお声も、たくさん届きました。
今ある情報からの判断としては、ご連絡くださった町民のどなたも間違っていないよな、とも感じました。
ただ、言えないことが多くある委員会の委員という立場では、答えとなる説明ができない。
どんな時も笑っていようと決めてはいますが、こんな時こそ、心のバランスを取る必要があります。
自分の心が整っていなければ、誰かの幸せまで願えない。
私はまだ、そんな人間です。
菩薩への道は、百里はありそう。
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ありがたいことに、その日の私には大事なミッションがありました。
主人の誕生日祝いの準備です。
気持ちを切り替えて、最速でひたすら料理。
飾りつけを楽しみにしていた5歳児が帰宅し、芸術的に苺をのせてくれて(苦笑)、無事に主人の帰宅までに誕生日ケーキが完成しました。
(我が家はいつも手作りです。いつか私にも家族の誰かがケーキを作ってくれないかな、という夢はまだ諦めていません。笑)
夜は家族で穏やかな時間を過ごし、こういう時間こそ大切だなと改めて感じました。
そして昨日は久しぶりの晴れ模様。
しっかりと水浴びをした後の我が家の花壇の花たちも、春を満喫しているようでした。
可愛い花、美しい景色、自然も心の栄養源です。
(お庭では同時に雑草たちも元気ですが…苦笑)
そんな日々の小さな幸せを積み重ねながら、これからも「仕事と人生の良い塩梅」を探し、心の帰る場所を準備していたいと思います。
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以降はお伝えし忘れていた近況トピックスです!
1. ローカル・マニフェスト推進連盟に入会しました。
私は何も持たない人間だということは、自分が一番よく知っています。
だからこそ、学び続けるしかありません。
ずっと興味があったのに二の足を踏み続けていたところ、こちらも縁ある方々が背中を押してくれました。
地方自治をより良くするために学び、つながり、切磋琢磨できる場の一員となれたことは本当にありがたく、一つでも多く未来の真鶴をつくる情報を持ち帰りたいと思います。
2. YouTube登録者100名を超えました。
ついに3桁です。
いつもたくさんの方にご覧いただき、本当にありがとうございます!
町政や議会の動きをできるだけリアルタイムで伝えたい。 その思いで続けてきました。
まだまだ動画の質は高くありませんが、スピード感を大切に、これからも続けていきます。
ただ、実母からは「杏奈の顔ばっかり見たくないよ」という辛辣な意見も届いています。(確かにその通りですよね…苦笑)
真鶴の景色や魅力ももっと伝えられるチャンネルに育てていけたらと思います。
ご登録がまだの方は、ぜひ応援よろしくお願いいたします。
→堀あんな公式YouTubeチャンネルはこちら!
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